第36回日本分子生物学会年会に参加された皆さまへ


皆さまのおかげをもちまして、今年の年会も盛会に終わりましたこと、深く御礼申しあげます。

今年の年会では、準備段階から組織委員会の考えを、SNS等を使い積極的に発信して、会員からのフィードバックを取り込むことで企画を作り上げて行き、結果として、数々の実験的・挑戦的な企画が実行に移されました。それらの企画は、一見、ばらばらに見えますが、私(近藤)の頭の中では、全体として、未来における巨大学会のあるべき姿を構成しています。年会が終わり総括を行うこの機会に、私が何を作りたかったのかを説明させて戴こうと思います。

(1) 年会長就任に際して考えたこと「分生の存在意義は何?」
分子生物学会は基礎生命系における最大の学会であり、研究者以外にも、多くの関連企業が参加する一大イベントです。しかし、そのアカデミックな意義は、次第に低下していると言わざるを得ません。会員数、年会参加者も最近は減り続けています。30年前は、分子生物学の最新の情報を得るために、年会への参加は必須でした。海外の有名研究者に会って話をするには、大学会の力が必要でした。しかし、時代は急速に変化しています。ジャーナルの電子化、SNS、スカイプなどの普及、さらには、研究費が海外渡航や呼び寄せに使えるようになったことで、海外の研究者とのコンタクトは、飛躍的に容易になりました。現在、最先端の研究交流は、国際的に行われる分野を絞った研究集会が主になっています。私の友人の研究者は「分生は、同窓会と修士の学生の発表の練習のために存在すれば良いのです。」と言い切りました。
それはさすがにどうかと思います。学生の発表練習と同窓会のために、8000人が集まるのは、時間と労力とお金(かなりの部分が、元をたどると研究費です)の壮大な無駄です。それだったら、一刻も早くやめにしてしまった方が良い。現在、学会は有りすぎるくらいあるのですから。
この危機感は、前理事長をはじめとする、分生の執行部の間では共有されていました。でなければ、大御所でも無い私に、このような大役が降ってくるはずがありません。前理事長から与えられたミッションは、「何でも良いから、何か斬新な事をやって、この閉塞感を打ち破ってくれ」でした。まあ、その意図は理解できますが、その肝心の「何か」は、こちらで考えないといけません。

(2) 巨大学会にしかできないことは何だろう?
通常、研究者が巨大学会に期待するのは、異分野の研究・研究者と接する機会です。ですから、アカデミックプログラムを、より興味深いものにすることは必須です。しかし、その作業は通常の年会でも取り組んでいることであり、私よりもふさわしい人がたくさん居ると考えました。そこで、プログラム委員長を東大の門脇孝先生にお願いし、シンポジウム、ワークショップを一任することにしました。これで通常のプログラムは安心ですが、それだけでは「マンネリを打破する」ことはできそうもありません。そこで私自身は、巨大学会の枠組みとそこに集まる人材の、今までにない活用法を探す事に専念し、2つの重要なテーマに思い至りました。ひとつは、学会が研究者社会の諸問題に答える事。もうひとつは、生命科学研究のアウトリーチ、言い換えれば生命科学研究の宣伝です。

(3) 研究者社会の諸問題解決機関としての学会
この30年で、分子生物学は発展しましたが、同時に、研究環境に纏わる問題も深刻化しています。PDの就職、論文不正、研究費の配分、雑用の増加などなど。これらは年会の夜に飲みに行って「文科省の奴ら、何も解ってねーんだ」と愚痴るテーマです。でも研究者の間で愚痴っても、何の生産性もありません。無駄です。どうせ愚痴るのなら、学会に来てもらい、ご本人の前でやりましょう。巨大学会のパワーを使えばできるかもしれない。現役研究者と科学政策にかかわる人との、公開での直接対話は、きっと何かを生むはずです。
こうして出来上がったのが「ガチ議論」企画でした。HPを開設し、1年前から延々と議論を仕込み、本番を迎えました。参加者は、総合科学技術会議常任議員・原山優子、文科省政策評価審議官・川上伸昭、文科省科学技術改革戦略タスクフォース室長・斎藤卓也、元文部科学副大臣・鈴木寛、ヤフーCSO・安宅和人、の面々。日本の科学政策をハンドルする人達です。議論は夕方6時からでしたが、参加者400名、Ustreamの視聴者2800名の前で、3時間にわたり熱い議論が戦わされました。その模様は近日YouTubeにアップする予定ですので、是非ご覧ください。また、現在(12月12日)NHKのディレクターと、ガチ議論の模様をTV番組として放映する可能性について話しています。
次に、海外在住のポスドクの就職不安に対応するため、150人の在外研究者に旅費を支給し、国内のPIさらには、製薬メーカーの研究部門6社・在米のベンチャー3社との懇談の場を作りました(海外PD呼び寄せ企画)。150人という人数は、全体の数を考えると微々たるものかもしれません。しかし、他の学会も追随してくれれば、海外で不安の中で頑張っている彼らに、日本の研究者社会が、彼らの事を見捨てていない事を伝えられるでしょう。これから留学を考えている大学院生にも勇気を与えられればと考えます。(このPD呼び寄せ企画はNHK教育TV「Good Job!会社の星」で取材され放映される予定です。)
研究不正問題はもう一つの深刻な問題です。研究者社会が何もしなければ、一般社会からの非難に耐えられません。これに関しても、逃げずに真剣な話し合いが重要と考えました。研究不正フォーラムは「年会」企画では無く「理事会」企画ですが、年会長として研究不正事案にかかわる当事者を招いてのロングラン会議を提案させていただきました。本番では、文科省、JST、JSPS、Nature編集者、マスコミ(3大紙+NHK)、大学当局者など、それぞれの立場で不正問題にかかわっている当事者を招き、3日間で6セッションに及ぶ討論を公開で行いました。会議の内容は、新聞等で報道され、少なくとも分子生物学会はこの問題を真剣に考えている事を伝える事ができたと考えます。(この内容も全て公開の予定です。また、このフォーラムは篠原彰先生の多大な尽力で可能になったものであることを、ここに、感謝とともに申し述べさせていただきます。)
どの企画に関しても、これだけの関係者・報道を集めることは、一般の学会では不可能です。しかし、巨大学会なら可能なのです。

(4)研究者の活動を一般社会が注目するイベントとしての学会
巨大学会のもう一つの可能性は、社会に対する宣伝力、すなわちアウトリーチの機能だと考えます。我々の研究資金のソースは税金であり、その成果と面白さを広く知ってもらう事で、はじめて社会との健全な関係が成立します。そこで、どの学会も市民公開講演会をやるのですが、さほど人が集まりません。高い広告宣伝費をかけたり芸能人を招いたりしても効果は薄く、折角の研究費を捨てているようなもので、忸怩たる思いがします。が、ほとんどの人は「仕方ないや」と諦めてしまっていると思います。しかし、それで良いのでしょうか?社会からの支援は、研究を続けるための必要条件のはずなのに・・・。
生命科学は、潜在的には魅力のある情報コンテンツです。確かに、一般人にはハードルが高いですが、巨大学会が擁する多彩な「タレント」をうまく集め、それなりの仕掛けを作れば、ハードルは越えられるかもしれません。
そこでまず、学会の中に色々な手段を用いてアートを盛り込む事を考えました。ポスターセッションのアートコンペを行い、美術的なポスターを表彰。また、サイエンスアートのプロの展示会、さらに、ニコン・オリンパスの協力で、芸術的な顕微鏡写真の展示場も設営しました。これらは、単独でもかなり魅力的なコンテンツにでき上がったと思います。
アートの次は音楽です。15000人の会員がいれば、その中にプロ級のミュージシャンもかなり存在します。彼らを組織して「分生オールスターズ」を結成し、「ジャズの聴ける学会」を目指しました。実際には、メンバーの発表時間などのため、主なプレー時間は、アカデミックセッション後と最終日のイベントになりましたが、それでも、音楽の流れる学会というイメージは、お堅い雰囲気を変えてくれるものでした。
仕上げは、アカデミックセッションが終了した最終日に、ポートピアホテルの大ホールを使って行ったイベントです。アート展示とジャズの演奏に加えて、2つの一般講演会を行いました。一つ目は、2050年の学会の発表という想定で、本物の一流研究者が想像力と笑いのセンスを競うSFトークショー「2050年シンポジウム」。2つ目は、研究者の個性を前面に出したTEDスタイルのスタイリッシュな講演会「生命世界を問う」。どちらも、発表者を厳選し、徹底的に演出に凝り、エンタテインメント性の高いものに仕上げた結果、1000人近くの聴衆(学会員をかなり含む)を集め、内容にも高評価を得ました。これらの企画の準備段階からSNSを使って情報を発信し続けた結果、2つの全国紙が記事として事前に報道してくれた他、BSフジの番組(ガリレオX 1月12日12時から放映予定)として、このイベントが録画放送されることになりました。数百万円分の宣伝費が無料になった上に、普通にやる講演会よりも2ケタも3ケタも多い視聴者に生命科学の面白さを宣伝できたことになります。これらの企画が成功したのは、協力してくれた学会員の皆さんが、アート、音楽、プレゼンの素晴らしいタレントだったからです。これらの人を集めることができるのも、巨大学会の力であることは間違い有りません。

(5)未来の学会の姿は?
上の2つを組み合わせると、それだけで未来の巨大学会の姿が浮かび上がります。通常のアカデミック講演会場の傍に一般向けの会場を用意し、そこで一般講演を行い、さらに、サイエンスアートの展示と音楽を組み合わせ、一般向けのイベントに仕上げます。マスコミに報道され、多くの一般市民が足を運んでくれれば、これまで存在しなかった生命科学のアウトリーチ空間が出来上がるでしょう。これが実現すれば、他の小さな学会は、そのような負担から解放され、時間、研究費、労力を大いに節約できることになります。また、研究環境に関する重要な話し合いが常にそこで行われることになれば、さらに注目は集まり、我々研究者が、日々何を想い、目指しているか、について外部の人に共感してもらう機会が生まれます。今回の学会で、そんな空間を作ることが不可能でないことが証明できたと思います。未来の学会執行部と年会長の決断に期待したいと思います。


第36回日本分子生物学会年会 年会長
近藤 滋


「追記」
これだけの事をすれば、どれだけ莫大な資金が必要なのか?と気になる方もいらっしゃると思いますが、実は、PDの呼び寄せにかかった費用を除くと、全体として通常の年会とほとんど同じ収支になっています。確かに、それぞれの企画にはそれなりにお金はかかっていますが、最終日イベントにスポンサーがついてくれたことと、徹底して出費を切り詰めた事で、なんとか乗り切りました。例えば今年は、年会の実行委員と招待客のための「会長招宴」は無し、会議は全てスカイプで旅費も大幅に節減しました。最後の実行委員の打ち上げも当然自腹です。これを可能にしたのは、年会企画にボランティアとして参加し、莫大な時間を使って協力してくれた、組織委員の皆さんのおかげです。彼らの献身的な協力なしでは、何もできなかったと思います。ここに謹んでお礼申し上げます。